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9月最初の日、両国へ行ってきました。近頃注目を集めている相撲…ではなく、(9月場所は9日からです)筋鉄さんが入ったのは江戸東京博物館で開催されている「大鉄道博覧会」でした。9日までなので、ようやく訪れることができたという次第。明治以来の鉄道の歴史と、その中にどのような旅があったのか、写真、模型、実物展示などで紹介しています。走行可能な蒸気機関車では現存最古という「下工(くだこう)弁慶号」、糸魚川の東洋活性白土で運搬用に使われた「くろひめ号」、は目を引きますし、懐かしい道具類、ビジネス特急こだまや新幹線などの設計を手がけた星晃氏所有の資料ほかも興味の連続。また、別室にあった宮下洋一氏の手になる昭和の風景をモチーフにしたレイアウトのシリーズ、国鉄の車輌部門でデザイナーとして活躍した故・黒岩保美氏の絵画なども見て飽きないものでした。若干の寄せ集め感は否めないけれども、盛りだくさんで時間をかける価値はありました。会場を出ると、キャンブックスなどの鉄道書籍が数多く並んでいただけでなく、NゲージやBトレインショーティーのような模型、グッズ、DVDなど、物販関係も花盛り。これはハマったら大変なことになるかも…と思いながら、一筆箋を買い求めるに止めました。常設展示室では関連特集として、「後藤新平展」も行われています。請われて東京市長になった際に、市政改革とともに打ち出したのが、東京改造のための「8億円計画」で、国家予算が15億円の時に「大風呂敷」と評されたものの、関東大震災からの帝都復興計画につながることになります。後藤の業績は、日清戦争帰還兵の検疫業務、台湾民政長官としての調査事業、インフラ整備、アヘン漸減、初代満鉄総裁としての満洲経営、調査部設立、鉄道院総裁時の鉄道改軌計画(実現はしなかったものの、後の新幹線につながる)、日本最初のラジオ放送(東京放送局初代総裁)、ボーイスカウト運動の推進…などなど数え切れないほどです。偉大な人物の若い頃からの活躍ぶりには感心するほかありませんが、私利を求めず、人材登用の達人、調査をもとに緻密かつ先を見通したプランを展開すること(エクセルもない時代に、グラフや表が見事なんですな)、などの一方で、子供時代はやんちゃ坊主だったり、その癇癪もちに奥さんは悩まされたりなど、じつに人間的な姿も見えるのです。ボーイスカウト運動において「自治三訣」として掲げた「人のお世話にならぬやう 人のお世話をするやう そして酬いをもとめぬやう」、鉄道院総裁時に執務要領として示した「敏速 精確 明快」、など、本質をずばりと言い切るのも、この人の力ではないかと思いました。ところで、9月1日は関東大震災のあった日です(1923年)。横網にあった陸軍被服敞跡地には、数万もの人が避難していましたが、持ち込んだ家財道具に周囲の火災が燃え移り、また熱風が巻き起こったために約3万8000人が亡くなっています。そこには1930年、震災記念堂が建てられました。さらに太平洋戦争での空襲死者なども併せて納骨し、1951年には「東京都慰霊堂」となり、現在へと至っています。