毛丹青
さんは、エッセイや旅の文章などを日中両語で綴っている。
2つの旅と、いくつかの文章、いろいろな人との出会いを通じてお付合いを頂いているが、このほど数年ぶりでお会いした。
毛さんが日本で姉と慕うKさんのお店で、我々3人の組合せが前回のこの場所以来というのには、何だかうれしくなった。何年か前のはずなのに、何日か前とあまり違わないような気がした。
毛さんは思索と行動、観察の人である。日本人の中に無かった日本を見出したり、今までと異なる日本を中国の人々に伝えたりしてきた。
『赤い高梁』『豊乳肥臀』などの作家・莫言氏は、毛さんの案内によって日本の旅をしたが、「泳げ、魚になったわが毛君」というエッセイを書いている。毛さんは日本で水を得た魚となったと評したのだ(ちなみに、毛さんは水産関係の商社に勤めたことがある)。
そうした功績により、
ビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)のYokoso Japan大使に、中国人からはただ一人、
任命されたが、この日は式典の後ということだった。
3人の話は深夜まで続いて、タクシーで帰ることになった。
毛さんが、インターネットのできる場所へ行きたいと言うので、少し歩きながら探したが、秋葉原や新宿などとは違い、それらしいところは皆目見当が付かない。
彼の
博客(中国語でブログのこと)は、何百万という人がアクセスをするという。新しい記事がアップされないと、それだけ多くの人が気を揉むことになる。
宿舎までの間に、多分あるでしょうということで、途中の駅近くで別れた。
翌朝記事を見て、無事ネットカフェで書くことができたというのが分かり、ほっとした。
by
筋鉄
更新:2008/07/11 09:23 作成:2008/06/27 20:08