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筋鉄さん

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筋鉄日誌
筋鉄(“筋金入り鉄っちゃん”の略)が、出かけたり鉄道に乗ったりおいしいものを食べたりの記録と、その他雑感を綴ったものです
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大多喜駅で交換するレールバス。菜の花カラーです
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大屋旅館。隣は夷隅神社の鳥居

11月15日、千葉県大多喜町で行われたイベントに参加してきました。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~raillink/panf.pdf

大多喜は房総半島の中央部に位置し、16世紀末には徳川四天王の1人である本多忠勝が領して城下町の基礎を築いています。
夷隅川による木材の搬出があり、交通の要衝として商業も栄えた町でしたが、鉄道の時代になって主要ルートから外れ、外房線の大原へ接続する路線が設けられました(最初は人車、すなわち人が押すのが動力だった!)。その後の国有化で木原線となったものの、1980年代の国鉄再建計画において廃止対象となり、レールを守ろうという沿線の熱意があって、第3セクターのいすみ鉄道が1988年にできました。
しかし20年を経て、通学の生徒を主とする乗客の減少などから、赤字が増大する中で、再び存続の危機が問われる状況です。
そこで2年間の収支改善検証期間を設けるとともに、今年度(4月)から、吉田平さんが社長に就任しました。これまで県内のバス会社を経営していた方で、いすみ鉄道の社長には一般公募により選ばれています。

会場となったのは、江戸時代からの旅籠であった大屋旅館。つげ義春の「リアリズムの宿」としても出てくる重厚な建物は、商い資料館で見た昭和初期の写真に写っているそのままでした。その写真にはフォードの自動車が見えますが、茂原や上総中野へ連絡するバスを、何と大屋旅館自身が運行していたのだそうです。
そうした大多喜と交通の変遷について佐藤信之さんの解説を聴いたあと、吉田平社長と、同じく一般公募でひたちなか海浜鉄道の社長となった吉田千秋さんが、やはり鉄道再生に尽力している銚子電鉄向後功作さんをコーディネーターに、それぞれの構想とこれまでの経験に基づく話をされました。
総じていえるのは、鉄道だけの再生はありえず、沿線や地域と一体になっていることです。沿線の自然や町の歴史や文化と、そこにある人々のコミュニケーションの媒体としての鉄道をどう評価し、価値を高めていくか。鉄道が残っていて欲しいという思いには、旅する者と、地元の住民と、それぞれの立場で違いがあるのは当然ですが、違いを超えて共有できるものがあるのではないかと感じました。
by 筋鉄 更新:2008/11/17 11:54 作成:2008/11/16 23:54

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